「最後は日本らしいサッカーを!」運命のコロンビア戦を前に思うことを書いてみた

いよいよキックオフまで残り5時間半と迫った運命のコロンビア戦。



ここまで1分け1敗で、最終戦は自力でのグループステージ突破の可能性が無くなった日本代表はまさに崖っぷち。とりあえず目の前の相手を倒すしかないという状況に陥りましたが、この試合を前にちょっと思う事をつらつらと書いていこうと思います。




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「勝つためのサッカー」なのか「自分たちのサッカー」なのか



コートジボワール戦で2分間で2点を奪われ逆転負け、そしてギリシャ戦では退場者を出した相手を圧倒的に攻め込みながらノーゴールと、結果が出ないザックジャパン。グループステージの2戦を終えて、大会前の「決勝トーナメント進出は行ける」「ベスト8待ったなし」という余裕しゃくしゃくのムードから、「日本は弱い」「ザックは無能」「勝てなくて当たり前」というような選手・監督批判が飛び交う風潮に一変しました。


もちろん、選手選考の時点で「高さ」に優れたFW豊田陽平やFWハーフナー・マイクを選ばなかった時点でいわゆるパワープレーという選択肢を捨てたのにもかかわらず、コートジボワール戦、ギリシャ戦ともに点が欲しい終盤に吉田麻也を上げる戦術を取ったザッケローニ監督は迷走ぶりは批判されてしかるべきものだと僕も思います。あそこで監督がぶれてしまっては、選手たちにも困惑が生まれてしまうのは明らかですし。



これまでザッケローニが日本代表を率いてきた4年間の間で積み上げたのは、引いて守ってカウンターという弱小国が強豪を食う時に使うサッカーではなく、ボールを支配しながら前線の流動性あふれるパスワークで相手を崩す「超攻撃的サッカー」のはず。それを考えると、多くの批評の中で言われているように、第1戦と第2戦のパワープレーには賛同できないのが正直な所。


だからこそ、第3戦のコロンビア戦では自分たちのサッカーと掲げる「超攻撃的サッカー」を貫いてほしい。2010年の南アフリカで岡田武史監督が土壇場に採用した「勝つためのサッカー」ではなく、「自分たちのサッカー」を。


勝利至上主義にはまだ早い



4年に一度のW杯という舞台。そこでは「いいサッカー」「自分たちのサッカー」を表現することよりも、何よりも「勝利」が最優先されるべき戦いです。いくら自分たちが追い求める理想のサッカーが出来たからと言って負けてしまえばそこで終わり。それがW杯です。


しかし、日本が勝利至上主義にこだわるのは個人的にはちょっと早いのかな、と思っています。


5大会連続のW杯出場を決めた日本代表。日本のサッカーファンの間では、もはやW杯に出るのは当たり前、W杯で勝ってこそ意味がある、という考えが主のように思えます。

さらに本田圭佑や長友佑都など、代表選手たちが「W杯優勝」を公言するなど、「日本サッカーは強いんだ」「日本は世界でも上位に入れる」という感覚がファンの間にも広がっていっていたことでしょう。もちろん僕もそう思っていました。


しかし、ふたを開けてみれば2戦を終えて勝ち点は1のみ。


勝てるとの意見が大多数だったギリシャ相手にも勝ちきれないのが今の日本代表の実力なのです。それが紛れもなく現在の立ち位置。


選手・監督、そしてサポーターを含め、「日本=サッカー強豪国」というある種の錯覚に陥っていた感は否めません。しかし、実績から見ればまだまだ日本はサッカー弱小国なんです。


そう考えれば、この大会はこれまで引いて守ってようやく結果を出せた世界の舞台で、「日本らしいサッカー」で初めて挑戦する大会という考え方で観ればいいのでは?と思うのです。


今は、イタリアのカテナチオ、スペインのパスサッカーのような、「日本のスタイル」というものを築き上げる、長く険しい歩みの第1歩を踏み出す段階なんです。だからこそ、今の段階では勝ち負けを最優先にして考えるサッカーよりも、自分たちの理想のサッカーを最後まで貫いてほしいと思う訳です。たとえ惨敗する結果に終わろうとも、日本のサッカーはこういうサッカーなんだと世界に見せつけてほしい。


これがザックとの最後の試合かもしれない



僕がそう思う理由のひとつに、これがザックとの最後の試合になる可能性が高いという事もあります。

就任してからの4年間、「超攻撃的サッカー」というスタイルをコツコツと積み上げてきたザッケローニ監督。去年のコンフェデのイタリア戦で見せたあのスタイル、そして11月の欧州遠征でオランダ、ベルギーという強豪相手に打ち合いを演じたあのサッカーは、ザッケローニが積み上げてきた「日本らしいサッカー」が具現化されたいい例でした。


これまでの過去の日本代表監督を振り返っても、トルシエや岡田など、W杯の本大会で結果を残した監督は確かにいました。しかし、その後の日本サッカーに「日本の伝統スタイル」を残せた人物はいないと思います。個の力を尊重し、自由な攻撃サッカーを志向したジーコでさえ、結果的に日本のスタイルの確立には至りませんでした。


そう考えると、この4年間で日本の突き進むべきスタイルをほぼ築き上げたザッケローニの功績はかなりのものだと思いますし、これはW杯以降の日本代表のサッカーにも継承されていくべきスタイルだと思っています。


そのザッケローニと歩んできた日本代表が、コロンビア戦で終わりを迎えるかもしれない。


もしも土壇場に来てザッケローニがこれまでの「超攻撃的サッカー」を捨て、勝ちにこだわる泥臭いパワープレーをするのなら、僕は失望すると思います。それじゃ何も残らないと思うから。

だからこそ、最後はどんな結果になろうとも、今まで積み重ねてきたサッカーの集大成を見せてほしい。少なくとも、そのサッカーをしようという姿勢は見せてほしい。たとえコロンビアの前に散ることになったとしても、何かを残してほしいと思います。どうせ散るなら、華々しく散りましょう。


最後は「信じる」ことのみ


とまあダラダラと無駄にカッコつけて書いてきましたが・・・とにかく僕が言いたいのは、最後まで日本代表には日本らしいサッカーを貫いてほしいということです。


そして後は日本代表を信じて応援することのみ。どうあがいても、僕らサポーターには応援することしかできません。

ここまで来たら奇跡を信じましょう。

奇跡は信じる者にしか訪れないと言います。それなら、最後まで僕たちの日本代表を信じましょうよ。それが結果的にグループリーグ敗退となっても、願いが報われなかったとしても、自分たちのサッカーを最大限表現できればブラジルの地に何かを残せるはずです。日本サッカーはこのW杯で終わるわけではないんですから。


最後までこんな駄文を読んでくれた方、ありがとうございますw

明日は早く起きて日本代表に全力でエールを送りましょう!



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One Response to “「最後は日本らしいサッカーを!」運命のコロンビア戦を前に思うことを書いてみた”

  1. 運命のオッサン より:

    何が「運命」じゃ?
    運命の敗退か?
    馬鹿馬鹿しい

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